【キタヰの妻】との京都めぐり(清水寺、建仁寺、巽橋、平等院、福寿園宇治茶工場、高瀬川取水口ほか)

2022年09月16日(金) 【キタヰの妻】との京都めぐり(清水寺、建仁寺、巽橋、平等院、福寿園宇治茶工場、高瀬川取水口ほか) (徒歩、電車)

本日は、昼過ぎに予定を終えてしまったので、3日目に計画していた宇治めぐりも実施してしまった。

2日目の記録(祇園四条駅と宇治駅の往復は京阪電鉄、それ以外は徒歩)

9月16日(金)

三井ガーデンホテル京都河原町浄教寺 -> 松原橋(鴨川)-> 五条大橋(鴨川) -> 清水寺 -> 三寧坂 -> 二年坂(桝屋町) -> 六波羅蜜寺 -> 建仁寺 -> 祇園 -> 八坂神社 -> 巽橋(白川) -> 祇園四条駅[京阪電鉄] -> 宇治駅 -> 平等院 -> 福寿園 宇治茶工房 -> 宇治神社  -> 宇治上神社 -> 宇治駅[京阪電鉄] -> 祇園四条駅 -> 高瀬川の取水口 -> 先斗町 -> 三井ガーデンホテル京都河原町浄教寺 -> 新京極 -> 寺町京極 -> 三井ガーデンホテル京都河原町浄教寺(宿泊)

 

今回の宿泊は朝食付きプランだったので、6時30分の営業開始に合わせこちらで朝食。

僧伽小野 京都浄教寺

僧伽小野 京都浄教寺

 

ゆっくりと8時にホテルを出ると

三井ガーデンホテル京都河原町浄教寺にて

三井ガーデンホテル京都河原町浄教寺にて

 

ホテル前に寺町通を下った。

寺町通を南方向へ

寺町通を南方向へ

 

途中で東へ進むと偶然にも高瀬舟船廻場址の石碑を見つけた。

高瀬舟船廻場址(高辻橋付近)

高瀬舟船廻場址(高辻橋付近)

 

ここで鴨川を渡ろうと思ったが、清水寺へは五条大橋の方が直線だ。

松原橋(鴨川)

松原橋(鴨川)

 

上流側と

松原橋から望む鴨川の上流方向

松原橋から望む鴨川の上流方向

 

下流側を確認してから、この先にある五条大橋へ。

松原橋から望む鴨川の下流方向

松原橋から望む鴨川の下流方向

 

五条大橋にたどり着くと、こちらが多数の川床の下を流れるみそそぎ川の終端であることを知った。

みそそぎ川が鴨川へ戻る地点(五条大橋上流側)

みそそぎ川が鴨川へ戻る地点(五条大橋上流側)

 

五条大橋を渡るとこちらに説明板。古い擬宝珠を確認してみたいが、今回はパス。

五条大橋の説明板

五条大橋の説明板

 

清水寺へと坂道を進んだ。

五条通りを清水寺方向へ

五条通りを清水寺方向へ

 

途中で、こちらの案内図を参考にし

清水寺附近観光案内図

清水寺附近観光案内図

 

行きは茶わん坂へ、帰りは三寧坂方向へと決めた。

茶わん坂にて清水寺へ

茶わん坂にて清水寺へ

 

茶わん坂を進むと左手にこんな階段。寄り道したくなるが今日は【キタヰの妻】との観光だ。

茶わん坂にて

茶わん坂にて

 

ここから清水寺。セコムが監視している。

茶わん坂の門(清水寺)

茶わん坂の門(清水寺)

 

清水寺では、注意書きに「掟」とある。「定」よりも手が込んでいる。

清水寺の掟

清水寺の掟

 

階段を進むとここからは京都タワーが望めた。

清水寺からの望む京都タワー

清水寺からの望む京都タワー

 

あとはお決まりの観光ルートで・・・

三重塔と風船で彩られた経堂(清水寺)

三重塔と風船で彩られた経堂(清水寺)

 

清水の舞台(清水寺)

清水の舞台(清水寺)

 

清水の舞台(清水寺)

清水の舞台(清水寺)

 

地主神社(清水寺)

地主神社(清水寺)

 

清水の舞台(清水寺)の遠望

清水の舞台(清水寺)の遠望

 

気になったのは、明日(17日)から開催されるアンディ・ウォーホル・キョウトとの関連行事だった。

ウォーホル・ウォーキング ポイント(清水寺)

ウォーホル・ウォーキング ポイント(清水寺)

 

子安塔付近から清水の舞台を遠望すると

子安塔附近から望む清水の舞台方向(清水寺)

子安塔附近から望む清水の舞台方向(清水寺)

 

観光客は修学旅行生は立ち寄らないだろうお稲荷さんなどはチェック。

音羽稲荷大明神(清水寺)

音羽稲荷大明神(清水寺)

 

清水寺にて

清水寺にて

 

見上げると舞台に敷かれた板の裏には文字が書かれているが、スマホでは撮影できなかった。人の名前のような・・・

見上げた清水の舞台(清水寺)

見上げた清水の舞台(清水寺)

 

清水寺を後にすると清水坂を下り、こちらを右へ。

三寧坂、二年坂の案内板

三寧坂、二年坂の案内板

 

ここが三寧坂(三年坂)だった。

三年坂周辺絵図

三年坂周辺絵図

 

TVではよく見るが、歩くのは初めてか?

三寧坂

三寧坂

 

続いては、二年坂(ニ寧坂)へ。

三寧坂から二年坂へ

三寧坂から二年坂へ

 

ここでは、各所で洋装も和装もウェディング系の写真撮影が繰り広げられていた。

二年坂

二年坂

 

二年坂

二年坂

 

そして、私が待望だった二寧坂の桝屋町。この周辺は桝屋町だった。

ニ寧坂・桝屋町と記された注意看板

ニ寧坂・桝屋町と記された注意看板

 

【参考】

 

注意看板を背にして坂を上ると竜馬坂。振り返ると八坂の塔(法観寺)が望めた。

竜馬坂から振り返って望む八坂の塔

竜馬坂から振り返って望む八坂の塔

 

二年坂から高台寺南門通りへ出るとこちらの案内板を見つけた。【キタヰの妻】から「近くだから寄る?」の一声。

八坂の塔、八坂庚申塔の案内板

八坂の塔、八坂庚申塔の案内板

 

八坂庚申塔にチョッとより

金剛寺(八坂庚申塔)

金剛寺(八坂庚申塔)

 

八坂の塔はパチリ。

八坂の塔

八坂の塔

 

この後、

六原本通の地名板

六原本通の地名板

 

六波羅蜜寺へ。(こちらは拝観料なし)

六波羅蜜寺

六波羅蜜寺

 

近くに相槌稲荷神社を見かけたが、しっかりと施錠されていた。

相槌稲荷神社(京都市東山区轆轤町)

相槌稲荷神社(京都市東山区轆轤町)

 

六波羅蜜寺からはほどなく建仁寺に到着した。

建仁寺

建仁寺

 

こちらは三脚を使用しなければ写真撮影OKだった。

方丈にて(建仁寺)

方丈にて(建仁寺)

 

法堂(拈華堂)へ(建仁寺)

法堂(拈華堂)へ(建仁寺)

 

法堂の双龍図は圧巻だ。

法堂の天井画「双龍図」(建仁寺)

法堂の天井画「双龍図」(建仁寺)

 

方丈(建仁寺)

方丈(建仁寺)

 

こちらもTVでよく目にする庭園。左側の少し大きな石から水が湧き、流れているそうだ。

方丈庭園「大雄苑」(建仁寺)

方丈庭園「大雄苑」(建仁寺)

 

さまざまな景色に癒やされ、こちらでは椅子に座っての休憩。

方丈庭園「潮音庭」(建仁寺)

方丈庭園「潮音庭」(建仁寺)

 

井戸の□を画角に納めることができなかったのは残念。

◯△□乃庭(建仁寺)

◯△□乃庭(建仁寺)

 

建仁寺はよく目にする「定」だ。

建仁寺の定

建仁寺の定

 

この後、祇園を通り抜けた際、所々で玄関に「笑門」や「蘇民将来子孫家門」と書かれた門符のしめ飾りが掛けられている。これらは全く伊勢の風習と同じだろうか?

(写真を紹介したいが、祇園では撮影が制限されているためできない、残念)

 

祇園「しめ飾り」の疑問をかかえながら、八坂神社を訪れた。

八坂神社

八坂神社

 

振り返ってのパチリ。

八坂神社から望む四条道り

八坂神社から望む四条道り

 

参道を進むと疫神社の説明板に惹き寄せられた。

疫神社(八坂神社)

疫神社(八坂神社)

 

摂社
疫神社(えきじんじゃ)
祭神 蘇民将来命(そみんしょうらいのみこと)

むかし祖神(おやかみ)が諸国を巡って日暮れに宿を請うたところ巨旦将来(こたんしょうらい)は富み栄えていたのに貸さず、蘇民将来命は貧しかったけれどお粟穀で座をしいて粟の粥で手厚くもてなしましたので、「われはハヤスサノヲの神なり」といい、後年疫病が流行しても茅の輪をつけて「蘇民将来の子孫なり」といえば、災厄から免れしめると約束され、巨旦将来の子孫は皆絶えてしまいましたが、蘇民将来の子孫は今に栄えています。
令和元年七月三十一日に社殿修復竣工しました。

祭日
例祭  一月十九日
夏越祭 七月三十一日

 

これは松下社(伊勢市二見町松下)での伝承と同じである。

【参考】

 

あのしめ縄は、どこで作られているのだろうか?

ネットで検索すると、祇園の方が伊勢から調達したようなブログ記事もみられる。

さらなる調査が必要だ。面白い!

 

気もそぞろに八坂神社にお参り。

本殿(八坂神社)

本殿(八坂神社)

 

八坂神社を後にすると【キタヰの妻】が待望していた巽橋へ。

巽橋(白川)付近

巽橋(白川)付近

 

こちらでもウェディング系の写真撮影が。ほとんど写メを撮らない【キタヰの妻】がここではパチリとやっていた。(反対側の漢字で巽橋と書かれた親柱の方だが)

白川に架かる巽橋

白川に架かる巽橋

 

その間に、私は近くの辰巳大明神にお参り。

辰巳大明神(京都市東山区元吉町)

辰巳大明神(京都市東山区元吉町)

 

近くのラーメン店で食事(私はレモンラーメン)を終えると、まだ12時半だった。

本日の予定は満了したので、どうしよう?

京都祇園郵便局

京都祇園郵便局

 

明日に予定していた宇治の平等院まで足を伸ばすことになった。

祇園四条駅(京阪電鉄)へ

祇園四条駅(京阪電鉄)へ

 

祇園四条駅から京阪電鉄に乗ると中書島で宇治線に乗り換えると

中書島駅にて宇治線へ乗り換え(京阪電鉄)

中書島駅にて宇治線へ乗り換え(京阪電鉄)

 

宇治駅に35分間で到着。

宇治駅(京阪電鉄)

宇治駅(京阪電鉄)

 

駅を出て右方向へ進むと宇治川に宇治橋が架かっている。

宇治橋(宇治川)

宇治橋(宇治川)

 

対岸へ渡ると上流側に木除杭が設置されている。内宮の宇治橋と同じだ。

宇治橋(宇治川)

宇治橋(宇治川)

 

大きな鳥居の左側に立つこちらの道標に従って、鳥居とは別、左側の参道を進んだ。

[左 平等院]の道標

[左 平等院]の道標

 

平等院では外の撮影は問題なし。

平等院鳳凰堂

平等院鳳凰堂

 

平等院にて

平等院にて

 

平等院鳳凰堂

平等院鳳凰堂

 

拝観料に含まれている平等院ミュージアム鳳翔館は見ごたえがあった。

なお、鳳凰堂の拝観が別料金で、時間単位で人数枠が設定されている。

今回、1時間待ちだったので、パスした。

 

平等院蓮があることを知ってから、平等院を後にした。

平等院蓮(平等院にて)

平等院蓮(平等院にて)

 

前の通りを左へ進むと

[平等院 10]の電柱番号板

[平等院 10]の電柱番号板

 

橘橋から朝霧橋へと橋を渡り継いで対岸へ。

橘橋から朝霧橋へ(宇治川)

橘橋から朝霧橋へ(宇治川)

 

熱くて暑くて耐えられなくなったので、涼を求めてこちらで休憩。

福寿園 宇治茶工房

福寿園 宇治茶工房

 

甘すぎず満足な一杯だった。温かいほうじ茶も美味。

福寿園 宇治茶工房にてかき氷

福寿園 宇治茶工房にてかき氷

 

長い休憩を終えると【キタヰの妻】も元気が復活し

宇治神社、

宇治神社(宇治市宇治山田)

宇治神社(宇治市宇治山田)

 

宇治上神社にもお参り。

宇治上神社(宇治市宇治山田)

宇治上神社(宇治市宇治山田)

 

駅へ戻る途中でこちらにも。

末多武利神社(宇治市宇治又振)

末多武利神社(宇治市宇治又振)

 

この道標を過ぎると交差点さきが宇治駅だ。

[すぐ京大津]の道標(宇治橋東詰付近)

[すぐ京大津]の道標(宇治橋東詰付近)

 

宇治駅から逆ルート(京阪電鉄)で祇園四条に戻るとホテルは近く。

祇園四条駅(京阪電鉄)付近

祇園四条駅(京阪電鉄)付近

 

しかし、【キタヰの妻】に余裕が戻ったのか、「ブラタモリで紹介されていた高瀬川の取水口まで行ってみよう」と。

四条大橋から鴨川の左岸をさかのぼると

先斗町歌舞練場(鴨川側)

先斗町歌舞練場(鴨川側)

 

鴨川(三條大橋下流側)

鴨川(三條大橋下流側)

 

三條大橋付近でこんな光景に。近寄っても逃げない!

鴨川右岸にて

鴨川右岸にて

 

さらに進むと二条大橋の下流側にある

高瀬川の取水口付近

高瀬川の取水口付近

 

高瀬川の取水口を確認した。

高瀬川の取水口

高瀬川の取水口

 

こうなると高瀬川に取水されるみそそぎ川の起点も気になるが、次回のテーマに取っておこう。

二条大橋(鴨川)の上流側

二条大橋(鴨川)の上流側

 

二条大橋の上流側から鴨川を離れると高瀬川の流れを想像しながら

高瀬川源流庭苑の説明板

高瀬川源流庭苑の説明板

 

高瀬川一之船入で高瀬川を目にした。

高瀬川一之船入

高瀬川一之船入

 

この後は先斗町通を下った。

先斗町歌舞練場(先斗町通側)

先斗町歌舞練場(先斗町通側)

 

先斗町通

先斗町通

 

四条通りへ出ると日がかなり傾いていた。

四条通り

四条通り

 

今日はよく歩いた。大浴場でさっぱりしてから夕食を終えると

三井ガーデンホテル京都河原町浄教寺

三井ガーデンホテル京都河原町浄教寺

 

まったりするハズだったが、夕涼み(?)にでることになった。

寺町京極の入口付近

寺町京極の入口付近

 

この時間なら人が少ない新京極、寺町京極を一周してきた。

新京極にて

新京極にて

 

京都市 寺町姉小路東 公衆便所

京都市 寺町姉小路東 公衆便所

 

店舗前のゴミの出し方もさまざまで面白い。

寺町京極にて

寺町京極にて

 

こちらはゴミとは思えない(再生されるからゴミではないか、それにしても綺麗)

寺町京極にて

寺町京極にて

 

そんなことも話ながらの夕涼みのはずが、薄っすらと汗ばんでしまったので、2回めの大浴場へ。

三井ガーデンホテル京都河原町浄教寺

三井ガーデンホテル京都河原町浄教寺

 

2日目の夜も更けた。

 

【今回のまとめ】

 

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